これらの神宮寺は雑密系の経典を中心とし、地域の豪族層の支援を受けて確立しようとしていたが、一方でこの事態は豪族層の神祇信仰離れを促進し、神祇信仰の初穂儀礼に由来すると見られている租の徴収や神祇信仰を通じた国家への求心力の低下が懸念されることとなった。一方で律令制の変質に伴い、大寺社が所領拡大を図る動きが始まり、地方の神宮寺も対抗上、大寺院の別院として認められることを望むようになってきた。
朝廷側も、国家鎮護の大寺院の系列とすることで諸国の神宮寺に対する求心力を維持できることから、これを推進したが、神祇信仰と習合しやすい呪術的要素を持ちながら国家護持や普遍性・抽象性を備えた教説を整えた中央の大寺院として諸国神宮寺の心を捉えたのが空海の伝えた真言宗であった。一方でこのような要望を取り入れるべく天台宗においても、円仁や円珍による密教受容が進んだ。
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この一方で、奈良時代から発達してきた修験道も、両宗の密教の影響を強く受け、独自の発達を遂げることとなった。